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Brightly.

歩んできた僕らの道標。あの日あの時忘れはしない。
全ての生きる者達よ。鼓動は、今も、聞こえるかい?
明日への光が、地に落下しても。その運命から目を、そらさないで。

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一時は感情に任せてすべての責任を押し付けていたけれど。
今日、ふと考えてみた。

「しない」のではなく、「できない」のならば。
それが自分たちのモチベーションに関係なく、
何か。別のもので押さえつけられていたとしたら。

責任は向こうだけでなく、こちらにもあるとすれば、
あの予定調和も、すべて…とまではいかないけれど、納得がいく。
例えばわたしの希望通りになって、その先に、
「マイナス」が待つとしたら。

…そう考えると、一概に向こうがぜんぶ悪いともいえないんだよねえ。
こちらにも責任の一端を握っていて、
それが危ういバランスで線を引いているのだとしたら、
それを崩すのはとても勇気がいることで、
崩すと元に戻らない可能性だってあるわけだ。
できないと嘆いているのはわたしたちよりも向こうか?
そうであるならば歩み寄りは簡単だと思うけれど、
簡単とはいかないのが今の彼らの立ち位置のジレンマか。
…難しい難しい。

勢いづいている今、この線を崩すのは危うい気がしてならない。
けれどこの現状は、悪循環を生むかもしれない。
…うーん。
やっぱり一度、どこかでこの現状を壊さないと、
まだまだ先へ進めないような感じがする。
厳しいというかほんとに何様な意見なのですが、
こないだのライヴを見て、改めて考えた末の意見ですよ。
ホールで、次のハコが楽しみだとわらっていたあの頃に戻りたいなあ。
しかしあの頃から少し違和感は持ってたみたいで(苦笑)

すこし痛い目見てもいいから、やっぱり、変わるべきか。
そうでもしないと、進めない。
彼らもそうだし、わたしらもそうだし。
このまま、なあなあのぬるま湯では、いかんよね、やはり。
今の現状。
「できない」かもしれないけれど、それでも、
変わってほしいことを望むのは、まだ彼らを見限ることができない自分。

すきになったものは、簡単には手放せないものなのですよ。
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